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自分らしさの正体?マインドフルネスと人間らしさ、そして私らしさ(その1)

あるがままのあなたとマインドフルネス



BASIC-Phという生きる力のチャンネルの他にも、「自分らしさ」というものを考えていくのにあたって、欠かせないものがあります。



 それはマインドフルネスです。



 世界的な精神指導者である禅僧ティク・ナット・ハン先生によれば、マインドフルネスは、「今この瞬間に気づき目覚めているというエネルギー」です。



一緒にいるのに「寂しい」「そこにいない」





 「ねぇ、さびしいんだけど」「パパとママがいるけどぼくはさびしい」



 5歳の息子が、応接間のソファから叫んで来ました。



 私と妻が、応接間に隣接しているリビングルームで仕事の話題に集中している時のことでした。私も妻もその言葉にはっとさせられました。



 「パパとママは二人だけでいつもそうやって仲良くしてるよね。ずるいよ!」



 同じ状況に陥る時、息子から発せられる言葉も度々心に刺さり、私たちは驚き戸惑うことがよくあります。



 私も妻も臨床心理士であり、子どもの心について、親子関係については様々な知識を持っているものの、初めて子どもを持ち、人の親となり子育てをするようになってから、当然のことながら教科書通りに事がうまく運ぶはずもなく、いつも不測の事態に翻弄されながら毎日を過ごしているわけですが、




とりわけこの「パパとママがいるけどぼくはさびしい」と言葉に対しては、その感受性そのもの、素直な気持ちを言葉で伝えられるようになったことへの驚きと、そう言わせてしまった罪悪感、申し訳ないなという反省の気持ち、寂しい思いをさせないでいるということの難しさ、ゆとりを持てないことによる親子間のコミュニケーションのずれ(夫婦間も時には同じように)はどうしても起きてしまうということへの途方もなさなど様々なことを考えさせられる出来事となりました。



 普段から一緒にいるつもり、話をしているつもりだったのに、実際には相手にはそのようには感じられていなかった。またその逆で、自分自身が誰か大切な人との関係で、そのように感じた経験はないでしょうか。




「ここにあなたがいないのが寂しいのじゃなくて、ここにあなたがいないと思うことが寂しい」という歌の歌詞がありますが、「ここにいることが嬉しいのではなくて、ここにあなたがいると感じられることが嬉しい」、という風に互いになれると素敵ですね。

 


 話をもとに戻します。



 マインドフルネスは、今この瞬間に気づき目覚めているというエネルギーです。



 そして「それは人生に深く触れることを、一瞬一瞬くりかえしていく実践」と言われています。



 私たちの心というのは、すぐ先のことや将来に対する不安や気がかり、失敗や後悔、誰かに何かを言われたこと、嫌な態度を取られて傷ついたことを思い出すなど、未来や過去に心を奪われて、今ここにいる、今ここを十分に感じ、味わうということは実はとても難しい特性を持っていることに気づきます。



 マインドフルネスを日本語では「念」と書かれることがあります。「今」に「心」ですね。



 マインドフルでないとしたらそれはマインドレス、マインドがない、欠けているということになります。日本語では「忙」、心を亡くすという状態です。心が明日や昨日のことで常に急いでいて忙しい時、私たちはまさに今に心がない、失っている状態にいるということかもしれません。



 例えば、誰かと話していてもどこかで考え事をしていたり、作業をしていたりすると、「ちゃんと話を聞いてるの?」と言われるのは、会話に身が入っていない、心ここに在らず、の状態です。



 それでは、今に心がある状態というのは、どんな状態なのでしょうか。そしてそういう状態にいるといないのとではどんな違いが生じるのでしょうか。

                                    (続く)


(写真)つくば市の洞峰公園にてマインドフルな時間を過ごしながら・・・Tシャツは、ティク・ナット・ハン先生の書「smile」プリント、私のお気に入りです。


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